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自分の好きなこと、特にハロプロ関連の話題とテレビ番組の感想について多く書いています。
恐れられるバッターであること―イチローが17年連続で敬遠四球
9月18日、マーリンズのイチロー選手がメッツ戦に先発出場し、
3回に回ってきた打席で敬遠四球を記録しました。

これはメジャー1年目の2001年から17年連続となる記録です。


このことに関する記事が『スポーツ報知』に掲載されていたので以下で紹介します。

「マーリンズのイチロー外野手が18日(日本時間19日)、
本拠のメッツ戦で「7番・中堅」でスタメン出場。
2点リードの3回2死二塁で、
メジャー1年目の2001年から17年連続となる敬遠四球を記録した。

イチローの敬遠四球は通算181個目。
今季からメジャーで採用された「投げずに敬遠」は自身初だった。

守備側の監督が球審に意思表示するだけで、
投手が1球も投げずに打者が一塁へ歩くという新ルール。
試合時間短縮のために始まったが、
これまでにイチローは「野球の魅力が失われてしまう」と話していた。

4点リードの5回先頭ではマット・ハービーの低めに沈むカーブを捉える左前打を放ち、
2試合連続安打をマーク。
メジャー通算3077安打(歴代21位、MLB.COMによる)とし、
同1死二、三塁からD・ゴードンの三塁打で生還した。
打者一巡した同2死三塁ではハンセル・ローレスから右前適時打を放ち、2試合連続打点。
4試合ぶりのマルチ安打を記録した。
2回先頭は遊ゴロだった。

また、43歳331日での中堅スタメンは自身の持つメジャー最年長記録を更新した。」


敬遠されるということはそのバッターが恐れられているという事の証明であります。

メジャーという舞台で17年連続で敬遠四球を記録するという事が、
いかに凄い事であるかは言うまでもありません。

それもこれもイチロー選手の積み上げてきた実績と実力があってこそです。

偉大なるバッター・イチローがどこまでこの記録を伸ばすのか、これは我々には計り知れないことです。




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藍ちゃんとのお別れ―宮里藍が現役生活にピリオド
9月17日、女子ゴルフの宮里藍選手が現役生活にピリオドを打ちました。

通算1オーバーの32位で現役最後のラウンドを終えました。


このことに関する記事が『デイリースポーツ』に掲載されていたので以下で紹介します。

「「米女子ゴルフ・エビアン選手権・最終日」(17日、エビアン・リゾートGC=パー71)

現役最後の試合となる宮里藍(32)=サントリー=は27位からスタートし、
2バーディー、4ボギーの73で回り、通算1オーバーでホールアウト。
最後はパーパットで現役生活を締めくくり、笑顔を見せるとともに、瞳を潤ませる一幕もあった。

宮里の一問一答は以下の通り。

-現役最後の試合を終えての感想は。

「きょう1日のプレーを振り返ると、
ボギーが多い1日ではあったんですが、最後にいいパーを取れたので。
何とか気持ちを整えて最後まで回れたと思います」

-最後はプレーしながら、いろいろな思い出がよぎったか。

「自分のラウンドが精いっぱいで、そこまでは考えてなかったです。
でも、18番グリーンに向かっているときに、
グリーンの向こうに(仲の良い)ポーラ(・クリーマー)とかヤニ(・ツェン)が待っているのが見えたので。
『これ見ると泣いて、もうショットが打てないな』と思って。
感傷的にならないように最後まで頑張りたいという気持ちがあったので、
(2人の顔を)あまり見ないようにしてました(笑)」

-現役生活の思い出残る大会は。

「やはりエビアンのことが浮かんでくるというか…。
初優勝もそうですし、2011年に2勝目を挙げたときも、東日本大震災の直後だったので。
大会側も私と上田桃子ちゃんと宮里美香ちゃんとで設立していたチャリティーを
ヘルプしてくれたという思い入れもあって。
自分自身のLPGAのキャリアがこの試合から始まったので、
ここで終われることをすごくうれしく思っています」

-セカンドキャリアついては。

「正直、今は全く何も浮かばないですね。
あえてそこは決めないでいた方が、最後まで選手としてやるべきことをやれるかなと思っていたので。
あえて次のキャリアは考えていないんですけど。
でも、少し休んだ後に自分のやりたいことはいくらでも出てくると思うので。
それを整理しつつ、自分が必要とされていることを一つ一つやっていけたらいいなと思います」

-自分自身に言葉をかけるとしたら。

「プロになって14年間、毎週のようにプレッシャーの中で戦ってきたので、
まずは自分自身にも『お疲れさま』と言いたい。
でも人生はこれからの方が長いので、それに向けて頑張っていけたらなあと思っています」

-日本のファンに向けて。

「本来であれば、最後は日本の試合に出て終わりたいなというのはずっとあったんですけど。
家族のこともあって、こういう決断になってしまったんですが…。
日ごろからサポートしてくださるファンの人には感謝しています。
選手としてはこれでいったん終わりという形になりましたが、
皆さんのサポートなしにはやっていけませんでした。
14年間、沢山の声援、本当に本当にありがとうございました」」


宮里藍選手は女子プロゴルフ人気を牽引してきました。

「藍ちゃん」の愛称で多くの人々に親しまれました。

近年は海外挑戦をしたこともあり国内で話題になることは少なくなっていましたが、
それでも宮里藍選手の存在は特別なものがあったと言えます。

これからどのような道に進むのかはわかりませんが、新たな道でも頑張ってほしいと思います。




新たなるフィギュア界のスター―本田真凜がシニアデビュー戦で優勝
9月16日、本田真凜選手がシニアデビュー戦である「USインターナショナル」で優勝しました。

2位以下に約15点差を付ける圧勝でした。


このことに関する記事が『デイリースポーツ』に掲載されていたので以下で紹介します。

「「フィギュアスケート・USインターナショナル」(16日、ソルトレークシティー)

女子フリーが行われ、
ショートプログラム(SP)首位の本田真凜(16)=大阪・関大高=は
131・52点で合計198・42点をマーク。
2位以下に約15点差を付ける圧勝で、シニアデビュー戦を見事に優勝で飾った。

フリー「トゥーランドット」を大きなミスなく笑顔で演じ切った本田。
しかし会場は約1300メートルの高地。
薄い空気の影響か、演技後はふらつき、キス・アンド・クライまでたどり着けなかった。
最終滑走の長洲未来(米国)の演技が終わる頃にはなんとか自力で立ち上がった。

演技後に行われた表彰式には笑顔で出席。
その後取材に応じ、
「絶対に何があっても最後まで続けるって何回も自分に言い聞かせた。
後半は途中から覚えていなくて、最後がどんな感じか覚えていない」と振り返った。

リンクを降りると「真っ青だった」と浜田コーチ。
本田は「自分との戦いに勝てたんじゃないかなと思います」喜びを口にした一方
「標高が高い中でいまできることはできたと思うけど、
満足できるような演技じゃない」と厳しく話した。」


本田選手にかかる期待は相当なものです。

今回はその期待に見事に応えた形となりました。

こういった風に期待に応えていけるというのはスターの必須条件でもあります。

新たなるフィギュア界のスターの活躍に今後も期待していきましょう。




幸せなお別れ―松浦亜弥が17年間在籍したアップフロントを円満退社
松浦亜弥さんが17年間在籍したアップフロントを円満退社することが発表されました。


このことに関する記事が『スポニチアネックス』に掲載されていたので以下で紹介します。

「「あやや」の愛称で親しまれる歌手の松浦亜弥(31)が、
夫である「w―inds.」橘慶太(31)の個人事務所に所属先を移すことが16日、分かった。
現在の所属先であるアップフロントクリエイトが発表した。

00年に「モーニング娘。」の妹分のオーディションに合格。
01年4月に「ドッキドキ!LOVEメール」で歌手デビューし、同年にNHK紅白歌合戦に初出場。
ユニットも含め、06年まで6年連続で出場した。
「Yeah!めっちゃホリディ」などのヒット曲がある。

13年8月4日に橘と12年の交際を実らせ結婚。
14年に第1子となる女児を出産している。

公式サイトに発表された文章は以下の通り。

平素は格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。

この度、弊社は2017年9月15日をもって
松浦亜弥との専属マネージメント契約が終了となりましたことをご報告させていただきます。

2000年のオーディション合格よりアップフロントグループに在籍し、約17年間活動してまいりました。
2013年の結婚以降は、現在まで家庭・育児に専念しておりますが、
この度の契約期間満了に伴い今後の活動に関して本人と話し合った結果、
弊社との専属マネージメント契約を円満に終了する結論へと至りました。

松浦は、今後は夫である橘慶太氏の個人事務所に籍を移しますが、
本人に関する問い合わせ等は、しばらくの間、弊社にて対応させていただきます。
今後とも松浦亜弥への皆様のお引き立てのほど、宜しくお願い申し上げます。」


ハロプロで一時代を築いた松浦さんですが、
ここ最近は病気療養、結婚、出産、育児と様々な理由が重なって、
表舞台からは遠ざかっていました。

そういった中で、アップフロントを円満に退社し、
夫である橘慶太さんの事務所に移籍するというのは非常に良い事だと言えるのではないでしょうか。

事務所退社を巡ってトラブルが絶えない昨今においては、実に幸せなお別れだと言えます。

これからも応援していきたいですね。




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モーニング娘。の歴史―モーニング娘。が結成20周年イベントを開催
9月14日、モーニング娘。'17が結成20周年イベントを開催しました。

このイベントにはOGの道重さゆみ(さゆ)と田中れいな(れいな)も登場しました。


このことに関する記事が『デイリースポーツ』に掲載されていたので以下で紹介します。

「人気アイドルグループ、モーニング娘。’17が14日、都内で結成20周年イベントを行った。
イベントにはサプライズでOGの道重さゆみ(28)と田中れいな(27)も登場し、
現役メンバーと一緒にパフォーマンスを披露。
ファンからのリクエストランキングも発表された。
異例の長寿となったグループは、これまで41人が在籍。
メンバーの佐藤優樹(18)は「41人でライブがしたい」と夢を語った。

「モーニング娘。」という名前が初めて世に出たのが97年9月14日。
テレビ東京系「ASAYAN」内でグループ名が発表された時だった。
それから20年、モー娘。は新陳代謝を繰り返し、
現在も現役バリバリのアイドルグループとして活動を続けている。
グループと同い年でもあるリーダーの譜久村聖(20)は
「こんな楽しい空間を20年、30年、50年と築いていければいいと思います」と
涙ながらにモー娘。魂の継続を誓った。

ステージでは6期メンバー、道重と田中が祝福に駆けつけ「大きい瞳」を披露。
「彼と一緒にお店がしたい」を現役メンバーと一緒にパフォーマンスすると、
集まった2000人のファンはこの日1番の盛り上がり。

現役-の佐藤は
「在籍した41人でライブがしたい。
武道館とか中野サンプラザとかで」とOG集結を呼びかけ、
「ワールドツアーがしたい」(野中美希=17)などの夢も飛び出した。

また、ファンによるリクエストランキングも発表され、
01年のアルバム収録曲「Say Yeah-もっとミラクルナイト-」が1位に。
この日はリクエスト曲や新曲「邪魔しないでHere We Go!」(10月4日発売)など17曲を披露した。」


モーニング娘。の歴史は長く深いです。

在籍したメンバーは41人で、
そのメンバーそれぞれに個性がありドラマがありました。

このそれぞれのドラマ、グループとしてのドラマに多くの人が惹きつけられたわけです。

現実的には難しいのかもしれませんが、
佐藤優樹(まーちゃん)言うように、41人が一堂に会するライブが実現すればいいですね。




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