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自分の好きなこと、特にハロプロ関連の話題とテレビ番組の感想について多く書いています。
野口英世(1876年~1928年)の名言
「家が貧しくても、
体が不自由でも、
決して失望してはいけない。
人の一生の幸も災いも、自分から作るもの。
周りの人間も、
周りの状況も、
自分から作り出した影と知るべきである。」



これは野口英世の名言です。

野口英世といえば黄熱病や梅毒等の研究で知られる細菌学者です。

ノーベル生理学・医学賞の候補に三度名前が挙がった人物としても有名です。

現在の千円札に肖像画がデザインされていますので、
日本国民であれば多くの人が知っている人物だと言えるでしょう。

彼は幼い頃に囲炉裏に落ち、左手に大火傷を負います。

これにより左手には障害が残り、
農民として生きていく道は難しくなったため学問の道に進むことを母に勧められます。

そして彼の転機となったのが、
小学生の時に周りの支援もあり左手の手術を受け、
不自由ながらも左手の指が使えるようになったことでした。

このことで彼は医学に興味を持ち、自らもその道を目指すようになったのです。

しかし医師になるまで道のりも決して平坦なものではありませんでした。

金銭的なこと、左手の障害のことで幾度となくその道が閉ざされそうになりました。

しかし彼はその逆境を乗り越え、医師になり、皆が知るような業績を残したのです。

家が貧しくても、 体が不自由でも、 決して失望することなく、
彼はその道をひたすら追い続けました。

その姿に周りが共感し、手助けをしてくれたのです。

この名言はまさに彼の経験に基づいた言葉であるわけです。




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西郷隆盛(1828年~1877年)の名言
「己を尽くして人を咎めず。
我が誠の足らざるを常にたずぬるべし。
我を愛する心を以って人を愛せ。
自己を許すが如く人を許せ。
人を責めるが如く自己を責めよ。」



これは西郷隆盛の名言です。

西郷隆盛といえば明治維新の立役者の一人として知られています。

大久保利通、木戸孝允とともに「維新の三傑」と称されています。

彼は常に人の前に立つ指導者でした。

指導者、人の上に立つ者はかくあるべきか、これは難しい問題です。

現代においては、
後輩や部下のミスに対してどのような姿勢をとるか、どのような指導をするかが、
先輩や上司の大きな課題だと言えるでしょう。

その問いに対する一つの答えがこの名言です。

「自分に厳しく他人に優しく」はよく言われることですが、
西郷隆盛はさらに一歩踏み込んで「我を愛する心を以って人を愛せ。」と言っています。

人は皆、己が可愛いものです。

自分を可愛がるあまり、保身に走り、他人を売り、そして信頼を失った人は数知れません。

しかしどうでしょうか、その自分に対する愛情を他人向けるということが出来たら。

きっとその人と深い信頼関係が築けるのではないでしょうか。

そんなこと出来るか!と思われるかもしれません。

しかし西郷隆盛はそれを実践したのです。

彼は晩年、地元鹿児島で私学校での教育に専念するのですが、
そこの生徒が暴動を起こした時にそれに付き合い、
西南戦争の指導者となり、そしてこの戦争に敗れたことの責任を取って自ら命を絶ちました。

他人のために身を捧げ、そして自らに厳しくあった、彼はまさにこの名言の実践者だったのです。

彼がいつまでも愛される所以です。




ウォルト・ディズニー(1901年~1966年)の名言
「若者の多くは、
自分たちに未来はない、
やることなど残っていないと思っている。
しかし、探検すべき道はまだたくさん残っている。」



これはウォルト・ディズニーの名言です。

ウォルト・ディズニーといえば、言わずと知れたミッキーマウスの生みの親です。

多くの人に夢と希望を与えたクリエイターだと言っていいでしょう。

ディズニーは老若男女問わずの人気がありますが、
中でも若者(特に若い女性)に人気があると言えます。

それは今も昔も同じです。

なぜ若者はディズニーにハマるのかといえば、そこに夢や希望があるからだと言えます。

若者には目の前にある現実が辛く苦しいものであるように感じられる時があります。

そんな時に若者は救いを求めるのです。

それがディズニーであるわけです。

ディズニーの世界には夢や希望に溢れています。

じゃあウォルト・ディズニーはなぜそんな世界を生み出すことが出来たのかといえば、
彼自身が辛く苦しい経験をたくさんしてきたからなのです。

彼は会社が倒産したり乗っ取られそうになったりしました。

そんな辛く苦しい世界を見たからこそ彼は、夢や希望のある世界を描き出し、
多くの人たち、とりわけ若者たちに輝ける未来を指し示したのです。

彼が語るように、若者たちには探検すべき道がまだたくさん残っているのです。




ガリレオ・ガリレイ(1564年~1642年)の名言
「あらゆる真実は
一度発見されれば理解するのは容易だ。
肝心なのは真実を発見することだ。」



これはガリレオ・ガリレイの名言です。

ガリレオ・ガリレイといえば「天文学の父」と称される偉大な天文学者です。

天文学者とは言いましたが、その活躍は多岐に渡り、
哲学や物理学の分野でも偉大な業績を残しました。

そんな数多くの彼の業績の中で最も有名なものと言えば「地動説」を訴えたことでしょう。

彼が生きていた当時の世の中は、
地球は宇宙の中心にあり静止しており、
全ての天体が地球の周りを公転しているとする「天動説」が主流の考えでした。

しかし彼は自らの研究の中でそれが間違った考えであると気付いてしまったのです。

ただその当時、「地動説」つまりは「地球が動いている」を主張することは、
神に背く行為であり、まさに異端の考え方だったわけです。

つまり、「地動説=真実」であるのにもかかわらず、
真実を主張することは自らの命取りになってしまう行為だったのです。

しかし彼は真実(地動説)を主張しました。

結果的に彼は宗教裁判にかけられ最終的には終身刑を言い渡されてしまいます。

「それでも地球は動いている」、これは彼の思いを表した有名な言葉です。

ではなぜそこまでして彼は「地動説」を主張したのかというと、
世間一般に語られている真実が真実ではないと発見してしまったからです。

名言にあるように、真実は発見されれば理解することは容易です。

しかしながら発見することは容易なことではないのです。

つまり彼は苦労の末に発見した真実を明かすことで世間に理解してもらおうとしたわけです。

こんな単純で純粋すぎる思いがその当時の彼を苦しめたわけですが、
それでも彼が発見した真実が後の世界を変えたことは言うまでもありません。

つまりは彼の発見したことが真実であったために世間が理解せざるをえなかったわけです。




小林一三(1873年~1957年)の名言
「下足番を命じられたら、
日本一の下足番になってみろ。
そうしたら、誰も君を下足番にはしておかぬ。」



これは小林一三の名言です。

小林一三は阪急・東宝グループの創業者です。

自分はこの名言が好きです。

ここで小林さんが示した思いは、
どんな境遇であってもそこで腐らずに全力を尽くせば道は開ける、ということです。

現状の仕事や身の回りの状況に不満を持つ人は多いでしょう。

なんで自分が…とか、
なんでこんな仕事を…とか、
日々こういった不満にまみれて生活しているんじゃないでしょうか。

しかしここで立ち止まって考えてほしいのです。

じゃあ理想に近づくためにはどうしたらいいのか、ということをです。

あなたは理想を叶えるための努力をしているでしょうか?

現状にただただ不満を言うだけの人生になっていませんか?

自分もそうです。

今の仕事に不満を言うだけになっているなと思うことが多々あります。

そんな時にこの名言を思い出すのです。

「日本一の下足番になってみろ。」

この言葉は重要です。

今の仕事で一番になるということが、自分の持つ理想に近づくための正攻法なのです。

これを忘れてはいけません。