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自分の好きなこと、特にハロプロ関連の話題とテレビ番組の感想について多く書いています。
国民的横綱の誕生―稀勢の里、歴史に残る逆転V
3月26日、横綱・稀勢の里が大相撲春場所を制しました。

ケガを負い、休場も危ぶまれた中での優勝に日本中が沸きました。


このことに関する記事が『スポニチ』に掲載されていたので以下で紹介します。

「手負いの新横綱が強じんな精神力で逆転優勝を成し遂げた。
横綱・稀勢の里(30=田子ノ浦部屋)は
1差で追っていた大関・照ノ富士(25=伊勢ケ浜部屋)を本割で破って13勝2敗で並ぶと、
優勝決定戦では土俵際での右小手投げで勝利。
2場所連続2度目の優勝は、新横綱としては95年初場所の貴乃花以来、
22年ぶり8人目の賜杯となった。
直接対決での千秋楽1差逆転優勝は、02年初場所の栃東以来、10人目。
13日目に左肩付近を負傷しながら土俵に上がり続け、歴史に残る逆転劇につなげた。

優勝を決めて支度部屋に戻ってくると、自然と目が潤んできた。
土俵に戻り、館内に君が代の大合唱が響くと、涙腺は決壊した。男泣き。
出場すら危ぶまれた中で15日間を戦い抜いて手にした優勝に、こみ上げるものを抑えきれなかった。

「本当にこの応援のおかげと、支えてくれた人のおかげです。何か見えない力を感じた15日間でした」。
痛みをこらえて、真っ先に感謝の言葉を口にした。

13日目の日馬富士戦で左肩付近を負傷し、14日目の鶴竜戦は力を出し切れずに連敗。
この日も左肩から左上腕にかけてテーピングで固定し、左からの攻めはほとんどできない状態だった。
その中で勝利に固執した。
本割では朝稽古(げいこ)で試した右への変化に出たが、手付き不十分で不成立。
「同じことはできないから、違うことをしようと思った」と
2度目は自身も考えていなかった左への変化に出た。
そして右前まわしを許しても右からの突き落としを決めた。

運命の優勝決定戦。
相手の間合いで立たれて日馬富士戦、鶴竜戦と同様にもろ差しを許したが、結果だけが違った。
土俵際で執念の右小手投げ。
「最後は自分の力以上が出た。諦めずに最後まで力を出してよかった」。
抜群の集中力と執念。日々の鍛錬で培われたものが大一番で出た。

新横綱優勝は8人目。
15日制では、優勝32回を誇る大鵬、
稀勢の里の入門時の師匠の隆の里、22年前の貴乃花に続く偉業となった。
亡き師匠に並んだ形だが、隆の里は15戦全勝での賜杯だっただけに
「新横綱で全勝はすごい」と改めて師匠の偉大さを痛感していた。

初場所後の横綱昇進伝達式から60日。
口上で「横綱の名に恥じぬよう精進いたします」と述べたが、これ以上ない感動をファンに与えた。
新横綱場所を終えると
「今までの相撲人生、15年間とは全く違う場所だった。
横綱土俵入りも初めてだし。疲れた」と、ようやく本音がこぼれた。

今場所は17年ぶりの4横綱でスタートしたが、第一人者の白鵬が途中休場し、
皆勤した鶴竜、日馬富士はともに10勝止まり。
横綱の務めを果たしたのは稀勢の里だけだった。
初優勝からの連覇は7人目。
続く夏場所(5月14日初日、両国国技館)では、
15日制では初めてとなる初優勝からの3連覇の期待が懸かる。

「今日(の優勝)はないと思って、また明日からしっかりやりたい。
しっかり(ケガを)治して、5月の初日に間に合うようにしたい」。
歴史に残る優勝を成し遂げても、愚直に相撲に取り組んでいく。」


凄い戦いでした。

稀勢の里の気迫迫る姿は相撲史に残るものだったと言えます。

久しぶりの日本人横綱ということで人気の高い稀勢の里ですが、
この優勝劇をもってして、「国民的横綱」の称号を手に入れたと言えるのではないでしょうか。

人気実力を兼ね備えた者こそ「国民的横綱」と呼ぶにふさわしいのです。




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