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自分の好きなこと、特にハロプロ関連の話題とテレビ番組の感想について多く書いています。
さようなら怪物―元日本代表の平山相太が現役引退
元サッカー日本代表の平山相太選手が現役引退を発表しました。


このことに関する記事が『ゲキサカ』に掲載されていたので以下で紹介します。

「怪物。
彼ほどこの言葉が似合う選手はいなかった。
誰もが日本サッカー界を引っ張るエースになると信じていた。
FW平山相太が32歳でスパイクを脱ぐことになった。

電撃的な引退発表だった。
昨年12月28日にベガルタ仙台から発表になった契約更新時には、
「悔しさを原動力に、ゴールを決めてチームの勝利に貢献したい」と、
18シーズンへの意気込みを語っていたばかりだった。
「たくさんのご声援、本当にありがとうございました」。
ひとつの怪物伝説が幕を閉じた。

全国に平山相太の名を轟かせたのは、やはり国見高時代だろう。
鮮烈な印象を残しているのは、全国高校選手権での活躍だ。
FW大久保嘉人と入れ替わるようにして入学した国見高のエースは、
もちろん3年連続して全国へとチームを導いた。
2年時と3年時には史上初となる2年連続得点王を獲得。
通算17得点は歴代最多記録。
3年間で2度の優勝と1度の準優勝を経験した。

190cm超の長身を誇る抜群のフィジカル。
正確なトラップから放たれる力強いシュート。
少し前の90年代もFW北嶋秀朗(市立船橋)ら象徴的なストライカーは多数いたが、
爆発的な得点力は、まさに世界を意識させるには十分だった。

活躍は高校サッカーの枠にとどまらない。
昨年のU-20W杯で招集されたFW久保建英の“飛び級”が注目されたが、
平山も高校3年時、2003年のワールドユース(現U-20W杯)に出場。
2ゴールを決める活躍で、日本を8強へと導いた。
筑波大に進学した翌2004年にもアテネ五輪日本代表に飛び級で招集された。

しかしその後は大学を中退。
海外挑戦も2シーズンで帰国し、
FC東京に入団するも2008年の北京五輪のメンバーは落選。
メンタル面の課題が浮き彫りとなり、
それに加えて本人も悔やむ「度重なるけが」が、復活への歯車を噛み合わなくさせた。
ただ2010年1月、ついにやってきたA代表のデビュー戦、
アジア杯最終予選のイエメン戦でハットトリックの活躍。
日本代表史上2人目となるデビュー戦ハットトリックは、怪物が見せた意地だった。

J1通算168試合33得点。
周囲の期待からすれば物足りない数字かもしれない。
しかし怪物が見せた夢は、後世にも語り継がれるものであったことに間違いはない。」


平山選手といえば、
国見高校のエースとして活躍していた姿が今も鮮烈に印象に残っています。

間違いなくそれは「怪物」であり、規格外の存在感を放っていました。

その頃の輝きからすれば、プロになった後の活躍は物足りなさを感じざるを得ませんでした。

しかしそれでも平山選手は、
多くのサッカーファンにとって忘れられない選手であることは間違いないでしょう。





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