今回は中島らも著『砂をつかんで立ち上がれ』について書いていきたいと思います。
内容
本と人との出逢いは、運命だ。
偶然、手にしたように見えても、しかるべき人に、
しかるべき本が巡りあうようにできている。
山田風太郎『甲賀忍法帖』、
バロウズ『裸のランチ』、
東海林さだお「丸かじりシリーズ」…。
イヤミな優等生だった小学校時代、
フーテン青年時代、
そして印刷会社の営業マンを経て今に至るまで、
道草を繰り返しながら出逢ってきた数々の書物へ、
愛をこめてつづる、本読みエッセイ。
感想
自分のことを語ると、男性というのはとかく長くなりがちです。
しかしながら、中島らもさんのエッセイは、
自分のことを語っていても、非常に簡潔で読みやすいのですね。
「おれは、たくさん読んでたくさん忘れる人間である。
小説にしても映画にしても、読むはし、見るはしから忘れていく。
それはおれが一読者の目でモノに接するからだろう。
「ああ面白かった」「つまらなかった」で事足りるわけで、
作家の名前、監督の名前、役者の名前、作品のタイトル、
ことごとく忘れ切ってしまう。
へたをすると、自分がその作品をかつて読んだか見たかまで忘れてしまう。
これは「受け手の特権」だ。
「ど素人の幸福」と言い換えてもいい。
面白いものもつまらないものも、ばさりばさりと忘れてしまえばいいのである。
その方が脳がもたれなくていい。
評論家やマニアの不幸は、それを許されないところにある」
(本文中からの引用)
この気持ちい良いほどの割り切りがあるからこそ、
らもさんの文章はスッキリしていて読みやすいのでしょうね。
らもさんは2004年に52歳で亡くなりました。
自分はらもさんが亡くなられた後にらもさんの本に出会いましたが、
こんな優秀なエッセイの書き手を
生前に知ることが出来なかったことが残念でなりません。
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