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自分の好きなこと、特にハロプロ関連の話題とテレビ番組の感想について多く書いています。
あまりにも悲しいー藤岡康太騎手が死去
4月6日のレースで落馬し治療していた藤岡康太騎手が死去されました。

35歳でした。


このことに関する記事が『スポニチ』に掲載されていたので以下で紹介します。

JRAは11日、藤岡康太(ふじおか・こうた)騎手が死去したと発表した。
35歳。
6日の阪神7Rで落馬し、頭部と胸部を負傷。
落馬後は意識不明の状態が続き、入院加療していた。
JRA騎手がレース中の事故で死亡したのは04年の竹本貴志騎手以来、20人目。
G1勝利騎手では93年の岡潤一郎騎手以来となる。

祈りは通じなかった。
藤岡康騎手は6日の阪神7R、4角で騎乗馬が前の馬に触れてつまずき、落馬。
後続の馬と接触する形となり、頭部と胸部を負傷。
担架に乗せられて病院へ搬送されていた。
落馬から4日後の10日朝、兄の佑介が栗東トレセンで
「ファンの方もたくさん心配されている方がいらっしゃると思うので、
何とか帰ってこられるように願ってあげてほしいと思います」と
コメントしていたが、その日の午後7時49分に帰らぬ人となった。

父は健一調教師、兄が佑介騎手という競馬一家。
07年3月、栗東・宮徹厩舎からデビュー。
ルーキーイヤーはJRAで24勝を挙げ、
中央競馬関西放送記者クラブ賞を受賞。
09年ファルコンSで重賞初制覇、
同年のNHKマイルCで10番人気のジョーカプチーノでG1初制覇を飾った。

その人柄から関係者の信頼も厚く誰からも愛されるジョッキーだった。
ももいろクローバーZのファンであり調教中に着用していた、
ももクロカラーのド派手なジャンパーがトレードマーク。
名門・友道厩舎の調教を手伝い、有力馬の追い切りを任されていた。
18年神戸新聞杯でコンビを組んだダービー馬ワグネリアンは
落馬負傷していた福永の代打に指名され見事1着。
21年京都大賞典では
当時8歳のダービー馬マカヒキを約5年ぶりとなる復活Vに導いた。

昨年は自身最多となるJRA年間63勝を挙げ、
マイルCSでは
当日に急きょ乗り替わりで騎乗したナミュールを勝利にエスコート。
今年も28勝を挙げ、リーディングトップ10にランクインし、
先月30日には史上58人目となるJRA通算800勝を達成していた。
「本当に数多くの騎乗依頼を頂いた上で、
いろいろな関係者の、
いろいろな思いに支えられて達成できた数字だと思っています」と感謝。
「もっともっとうまくなりたい」と語っていたが、
志半ばで天国に旅立つことになった。



あまりにも悲しいニュースでした。

35歳、若すぎます。

亡くすにはあまりに惜しい人物でした。

今はただ安らかに。合掌。



週刊Gallop(ギャロップ) 2024年4月14日号 (2024-04-09)

週刊Gallop(ギャロップ) 2024年4月7日号 (2024-04-02)
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