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自分の好きなこと、特にハロプロ関連の話題とテレビ番組の感想について多く書いています。
権威と権力
最近、民主党と自民党のトップ交代に関する話題がニュースを賑わせています。
民主党の代表選のほうは既に結果が出て、野田佳彦首相の大差での再選を決めました。
自民党の総裁選は現在、選挙戦の真っ只中です。
民主党と自民党ともに、トップを決めるこの戦いに候補者が乱立ムードでした。
こういった状況を見て思ってしまいましたが、政治家の人は権威と権力を求める人がやはり多いんですね。
なにか違和感を覚えてしまうほどに、候補者になった人は党のトップになるということに必死なのです。

かつての日本では、権威と権力は分けられていました。
そんな日本の歴史をよく表しているのが、藤原道長の行動です。
藤原道長といえば、歴史の教科書に必ず出てくるくらい有名な歴史上の人物です。
そんな藤原道長は、「関白」という権威を手にすることが出来るくらいの力を持ちながら、
結果的に「関白」にはならずに、政治的な権力だけを保持して行使したのです。

このような日本の歴史における権威と権力のあり方を、
2011に亡くなった書誌学者の谷沢永一さんは
著書『嫉妬する人、される人』(幻冬舎 2004年)のなかで、「日本に固有の権力構造、
つまり権威と権力とを分けていくという、この「二元論」が成立するのです。」と説いています。

では、この歴史的な日本の「二元論」は、現代では無くなってしまったんでしょうか。
そんなことはありません。
最近のなかで「二元論」を感じることが出来たのが、鳩山由紀夫政権下での小沢一郎幹事長の存在でした。
当時の幹事長であった小沢さんは、首相にはなろうとせず、幹事長という立場で権力を行使したのです。
そのときの小沢幹事長の権力の強さは、それはそれは強大なものでした。

ただ、皆さんご存知のように小沢さんは、その後に幹事長の職を辞めることになり、
さらには最近では民主党を離れて、新党「国民の生活が第一」を旗揚げすることとなりました。
あれだけの権力を握った人間が、強い権力を握ることのできない立場に追いやられてしまったのです。
前出の本で谷沢さんは、嫉妬を避けるために「二元論」が存在した、という風にも説いていますが、
さしずめ小沢さんの場合は、権威にはこだわらなかったが権力を持ちすぎて
一般的の人たちから嫉妬されたといったところではないでしょうか。

あともうすぐで、民主党も自民党も党の顔である代表や総裁が二党とも出揃います。
とにかくこれから就任する両党の新しいトップには、
周りから嫉妬されたり妬まれたりする覚悟で強いリーダーシップを発揮して欲しいですね。


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