FC2ブログ
cloudy
自分の好きなこと、特にハロプロ関連の話題とテレビ番組の感想について多く書いています。
脱皮したリーダー像を追い求めて
年が明けて巳年となりました。
今年の年賀状には「ヘビのように脱皮した」などと書いた人も多かったのではないでしょうか。
この場合の「脱皮」とは「進化」のことを表しているのでしょう。

日本は現在、去年の衆議院選挙を経て、自民党の安倍晋三氏が総理大臣に就任しました。
そんな安倍総理大臣には、まさに「脱皮」したリーダー像が求められているといえます。
「脱皮」したリーダー像というものを追いかけていくと、歴史上の優秀なリーダーたちにぶつかります。
そのなかの一人が、細川重賢です。

細川重賢は肥後熊本藩の6代目の藩主でした。
重賢が藩主になった当時の肥後熊本藩は多くの借金を抱えていました。
そんな財政が火の車である藩の藩主となった重賢は、藩の改革に着手します。

米だけに依存することに限界を感じており重賢は、そのことを筆頭奉行である堀勝名に殖産興業を命じ、
楮、生糸、櫨などを専売制に切り替え、蝋の生産を藩直営に移行し、製蝋施設を設立させました。
藩内で出来た製品を加島屋を通じて大量に販売させるなどし、宝暦年間末頃には藩財政が好転し始めます。

またそれに加え重賢は、質素倹約を奨励しました。
質素倹約の中身には、男女共に袷と木綿のほかは着てはいけないとしたことなどがあります。
その質素倹約に関しては、下の者たちにやらされるだけでなく、重賢が自らこれを実践しました。
これだけでも下の者の気持ちがくめるリーダーだとわかりますが、
これ以上に重賢のことがわかる一つのエピソードがあります。

重賢が町奉行から話を聞くため城に呼ぶことがあったそうです。
この時、城には蚊が発生しており、重賢は蚊帳の中に入っていました。
重賢は蚊帳の中に、町奉行は蚊帳の外にいるという状況のなかで、重賢は町奉行を蚊帳の中に呼びます。
それは失礼に当たる、と町奉行はこの誘いを断りましたが、重賢は無理矢理町奉行を蚊帳の中に入れました。
そこには、町奉行が蚊に刺されるかもしれない状況では安心して話が出来ない、
という重賢らしい部下たちへの優しさが隔されています。

上で書いた重賢の藩の財政改革は、「宝暦の改革」と呼ばれています。
この「宝暦の改革」によって熊本藩には、有益な公共事業が行なえるようになったこと、
地方のエリート少年が幹部役人になれるシステムができたこと、などの改革の成果がもたらされました。
これを見ると改革の成果は、藩だけにとどまらず、地方の民たちにまで及んでいたことがわかります。
部下たちを思い、民衆たちに思いやりを注いだ重賢だからこそ出来た改革だともいえます。

歴史の中に存在する重賢のような理想のリーダー像は、日本の新リーダーも参考にするべきものでしょう。
古きを知り新しきを知る、このことを心に持ち続ければ「脱皮」が止まることはないといえます。


細川重賢―熊本藩財政改革の名君 (人物文庫)細川重賢―熊本藩財政改革の名君 (人物文庫)
(2002/05)
童門 冬二

商品詳細を見る

細川家の700年 永青文庫の至宝 (とんぼの本)細川家の700年 永青文庫の至宝 (とんぼの本)
(2008/10)
細川 護煕、竹内 順一 他

商品詳細を見る
スポンサーサイト



コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック